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シカゴの教会に日光東照宮を見た

2014年08月14日

今回は少し話を戻して何故私がこのような商品の開発を行なうようになったのかのお話を。多分このへんの話を知っていれば今後の話の展開がわかりやすいと思いまして。

 

それは、ミレニアムにわくシカゴでの話。99年の9月から約1ヶ月程会社の命令でアメリカを横断して不動産市場の調査を行いました。回った都市はニューヨーク→ボストン→ワシントンD.C.→シカゴ→ダラス・フォートワース→ロサンゼルス→サンフランシスコ。遊んでいたような感じですが。そんな周遊の中間地点であるシカゴでカルチャーショックを受けたのです。

 

ちょうど週末をはさんでの滞在のシカゴではシカゴ美術館等を観光し、ついでにシカゴ郊外のオークパークに行った。オークパークは、フランクロイドライとの自宅が公開されているので見に行った。ライトは日本建築や日本美術から強い影響を受けていて日光東照宮の本殿の配置をパクって設計したオークパークにあるユニティーテンプルも見に行きたかった。

 

自宅は見た感じ40坪くらいの2階建て。オカネがない時に建てているので至る所に知恵が埋め込まれている。家の中に入るとともかく広いと感じる。日本建築からライトは、「人は相対的に空間を認識する」と学んでいるため廊下等の不必要な空間の天井は低い。私でも圧迫感を感じるくらいの低さだ。しかし、その先のホールに入ると今度は天井がとてつもなく高く感じる。また、光を制限的に取り入れることにより仕事部屋は明るく感じるようになっている。これは私にとってショックな出来事だった。価値観が変わってしまったので。

 

マンションや建売の企画を考えていた時には、「如何に畳数を大きくする」かに知恵を絞っていた。例えば9.5畳と10畳では広告での効果が違う。お客さんに説明しやすい。等の理由から畳数を増やすためあの手この手を使った。例えば廊下を短くして個室のドアを廊下の中に。実際使い道の無い空間が個室の方に移る。そうする事で畳数を増やす。あるいは天井の高さを数字として高くする為に無理矢理床の下げれる所は下げる。天井もあげれるかぎりあげる。そうやって天井までの高さの数字を高くすると、実は天井に出込み引っ込みが出てくるので汚い天井になる。高さが10センチ違っても高く感じられない天井は意味がない。あくまでも感じる事が大切なんだ。

 

しかし、人間は比較で広さや高さそして空間を認識するのを実感したらそれまでの自分のやっていた商品企画は完全に問題だと思うこととなった。ライトの建物は著作権でガチガチに保護されているので写真撮影が禁止。建物の中で感じたことは資料として残せず、ただ自分の記憶の中に書き込むことが出来ることで。

 

「人は比較でしか認識できない」と言う事で私は「無垢の家」での建売でも無理に天井をあげる作業はせず、低い所は思いっきり低く。そしてあげるとこは思いっきりあげる。その事で空間の心地よさを感じるようにした。

 

そこで、「集う家」の企画ではギャップによりよさを感じる演出を前提に商品を考えています。それでは次回はナニックのブラインドをどう使うかと考えたかについてのお話を。

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